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シンフォニックインテリジェンスの時代

現代の業務プロセスにおいて、生成AIの導入はツールとしての活用段階を超え、システム化していく段階にあります。

そして、その先には「シンフォニックインテリジェンス」という新たな知能の時代が待っています。

本記事では、イテレーション作業とフロー作業という2つの視点から、生成AI活用の現在地と今後の展望について考察します。

イテレーション作業

以前の記事で、生成AIに業務を行わせるための観点として、イテレーション作業とツール、フロー作業とシステムという観点から分析を行いました。

イテレーション作業とは、人間が複数の異なる具体的なタスクを、半ば無意識的に組み合わせて、トライアンドエラー的に進める作業です。

そして、このイテレーション作業には、ツールが最適です。様々なタスクにフィットしたツールを選んで作業を効率的に進行させることができます。このため、必要なツールキットを揃えておき、その使い方を熟練していくことが求められます。

現在、生成AIが業務で活用される場合、このツールとしての生成AIというケースが大多数です。

生成AIで業務効率化するという話題の多くは、人間の既存のイテレーション作業を行う際のツールキットに、この新しくて強力なツールを加えることを指していることがほとんどです。

イテレーション作業の問題

一方で、以前の記事で指摘したように、イテレーション作業の道具による効率化は、比較的限定的です。

道具が効率化していくと、結局は人間がボトルネックになります。最終的には人間の作業時間の壁を越えることはできません。

また、ベテラン社員と新入社員では、イテレーション作業の効率や精度に大きな開きがあり、それを埋めることは困難です。このため、作業量を来月から2倍に増やそうと思っても、ベテランの技能を持った人がいなければ対応できません。

この人間がボトルネックになるという問題を解消するためには、究極的には全てを人工知能に置き換える必要がある、という話になります。

しかし、現在の生成AIには、まだそこまでの性能はありません。

また、簡単そうに思えるイテレーション作業でも、詳しく見てみると非常に多数の意識していないタスクから成り立っています。

このため、これまでのITシステムや誰にでもできる手順書に落とし込むことができず、人間の習熟に頼ってきたのです。

この無意識下で行われていて、習熟が必要な多数のタスクを整理し、それぞれに必要なノウハウをナレッジ化していかなければ、いくら生成AIの性能が向上しても、人間の代替の作業を行うことはできないのです。

フロー作業化とシステム化

この現在の生成AIの性能限界を超えない範囲でタスクを分担するという狙いと、無意識下のタスクの整理とノウハウのナレッジ化という狙いのために、試行錯誤的なイテレーション作業を定型化されたフロー作業として整理することに、大きな意味があります。

定型化されたフロー作業には、ツールだけではなくシステムがフィットします。

そして、フロー作業の中のタスクには、生成AIに実行させるタスクと、人間が実行するタスクがあります。これをシステムでつなげることで、フロー作業全体が実行可能になります。

フロー作業化とシステム化により、いくつかの大きな効果が生まれます。

1つは、生成AIが個別の作業ごとに特化されるため、作業ごとに生成AIの効率や精度を最適化していくことが明確になります。

2つ目は、複数の作業者が生成AIにナレッジを追加することができ、その恩恵が全員に波及します。

3つ目は、この作業の中のタスクの分担を、段階的に生成AIに移行していくことが容易になります。

このようにして、イテレーション作業をフロー作業化して、システムとして各タスクで生成AIが必要とするナレッジを蓄積していくことで、知的作業が工場のラインのように自動化に近づいていきます。

そして、時代と共に進化する生成AIの基本性能の向上を取り入れ、様々なタスクに特化したナレッジの蓄積を活用することで、フロー作業全体を生成AIによる自動化された作業にすることができるようになるでしょう。

仮想知能

ここまでが、イテレーション作業とツール、フロー作業とシステムという観点からの分析でした。

そして、最近書いたもう1つの記事が、この話をさらに進展させます。

もう1つの記事では、仮想知能によるオーケストレーションの話題に触れました。

現在、およびごく近い将来の生成AIは、性能の限界により、特定のタスクに絞って実行させる方が、効率や精度が良くなります。

このため、先ほどフロー作業とシステムの議論のように、個々のタスクごとに特化した生成AIをシステムでつなぎ合わせるという仕組みが理想的でした。

一方で、生成AIの性能が飛躍的に向上したとしても、単純に同時並行で様々なタスクを処理するのでなく、1回の処理の中で役割や利用するナレッジを切り替えながら処理する方が効率や精度が高くなる可能性があります。

この方法であれば、生成AI同士を連携させるシステムが不要になります。生成AIの内部で、システムの連携に近い操作が行われることになります。

また、システムを変更しなければタスクの入れ替えや追加ができない状況から、生成AI自身の内部で臨機応変な対応が可能になります。

これは、フロー作業化とシステム化された作業を、再びイテレーション作業に戻すことを意味します。

ただし、このフロー化とシステム化を経ても戻ってきたイテレーション作業は、生成AIの数を増やしたり、バージョンを変えても再利用可能なナレッジを形成できた状態になっています。

これにより、人間によるイテレーション作業の問題がクリアされた上で、人間と同じような柔軟な作業を行えるようになります。

ここで、生成AIが1回の実行中に役割やナレッジを入れ替えながら作業する能力を、仮想知能と私は呼んでいます。これはコンピューターの仮想マシンと同じです。

1つのハードウェアの上に全く別のコンピューターが動作しているように模擬する仮想マシン技術のように、単一の生成AIが複数の役割を切り替えながら処理を行うというイメージです。

この仮想知能の能力は、既に現在の生成AIは自然に獲得しています。このため、複数人での議論の模擬や、複数の人物が登場する小説などを生成AIは生成することができています。

この仮想知能の能力が向上し、十分なナレッジが与えられれば、イテレーション作業を実行することが可能になります。

知能オーケストレーション

また、このように複数の役割やナレッジを自在に組み合わせて作業を行うことを、知能オーケストレーションと私は呼んでいます。

これは複数の仮想マシンを扱うオーケストレーション技術に似ています。

必要な時に必要な仮想マシンを起動して効率よくシステムを運用するオーケストレーション技術のように、仮想知能の能力である知能オーケストレーションのスキルが向上した生成AIは、多数の役割とナレッジを適切に、効率と精度を維持しながら、柔軟にイテレーション作業を実行することができるでしょう。

シンフォニックインテリジェンス

この段階まで達した生成AIは、シンフォニックインテリジェンスと呼ぶことができます。

それぞれの楽器の演奏に熟達したオーケストラが、それぞれの役割を果たしながら、全体として1つの曲目を演奏するように、シンフォニックインテリジェンスは知的作業の交響曲を奏でることができます。

このシンフォニックインテリジェンスは、生成AIの1つの到達点として新しい概念です。

しかし、シンフォニックインテリジェンス自体は既に存在しています。

それは、私たち人間の知能です。

シンフォニックインテリジェンスであるからこそ、私たちは無意識にイテレーション作業によって高度な複数の知的タスクを多数のノウハウを活用して、柔軟に実施することができるのです。

さいごに:AGIの姿

シンフォニックインテリジェンスを模擬できる生成AIに、他の作業についても同様にフロー作業とナレッジ集を与えることで、複数のイテレーション作業をこなせるようになります。

こうして多数の異なるイテレーション作業に対応できるようになると、それらの作業に共通する法則や、ナレッジの構造的なパターンを把握できるでしょう。

そうなれば、全く未知のイテレーション作業についても、人間による簡単な説明さえあれば、後は人間の作業のやり方をみているだけで、その作業のノウハウを学習できるようになるでしょう。

これが、真のシンフォニックインテリジェンスです。この段階までくれば、人間がフロー作業化やノウハウのナレッジ化に労力をかけなくても済むようになります。

また、こうして生成AIが自動的に蓄積するナレッジは、生成AI同士で共有することができます。

そうなると、生成AIの学習能力は、人間をはるかに超えることになります。

これはAGIの1つの姿であると言えます。